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新宿

私は、高校を卒業すると、東京の大学に進学し

小田急線沿いの経堂駅から歩いて20分位の所に住んでいました。

その時は、お金もなかったけど、

電車で、20分位の新宿によく言ってました。



その時は、アルタができたばかりで、

都庁もなく、ガード下の吉野家は、不思議と覚えてます。

歌舞伎町は、田舎から来たものには、不思議な世界で、

飲み屋に入って、ボラレタこともありました。



その時の、新宿を適格に表現したのが、

甲斐バンドの「新宿」という歌です。


ボーカルの甲斐よしひろは、

朴訥とした歌い方で、新宿の表と裏を表現しています。

甲斐さんは、当時の新宿が好きだったんだと思います。

私も、色んな目にあいましたが、当時の新宿の街は、大好きでした。


甲斐バンドの新宿です。下の新宿をクリックしてください。

新宿

Comment

そうですか!東京でのほろ苦い青春での想い出良いですね・・・。

私が東京に出てきたのは、昭和39年9月。
ちょうど、東京オリンピックが開かれた年でした。
私の上京を暗示するかのように、上京する急行高千穂号が途中で台風に会い、架線が切断されて先に進めなくなり、遅れに遅れて、本来なら翌日の午後5時ごろに東京に到着するところ、
更に日が替わって午前2時に東京に着いたことを思い出します。
心細かったことを想い出します・・・。

東京では最初、池袋の間借りで生活することになりました。
勿論、自炊生活です。お釜で米をとぎガスで炊きました。

勤め先から帰宅するとき、地元の商店街で食材を買い求めるわけですが、
ある日、味噌汁に使う煮干を買わなくては思い、乾物屋さんで、「いりこ」下さい!と言いましたら、そこのご主人が、あんた、九州だろう!九州は何処だい!と言われ驚いたことを想い出します。
田舎者の私には見るもの聞くもの全てが新鮮で東京とはこんな処か・・・。慣れるまでに時間が掛かりましたね・・・。

想いだすと、ほろ苦い青春時代が走馬灯の如く脳裏に甦って来ます・・・。
この青春時代の話は、また機会があればお話したいと思っております。(笑)

今回もまた懐かしい回顧が出来、楽しい時間が持てそうです・・・。
ありがとうございました。(*´∀`*)

No title

黒木さん、池袋に住んでたのですね。
私が、東京に行ったときは、池袋は、怖い街というイメージがありましたね。
あんまり、向こうの方には、行かなかったですね。

初めて、東京で、話した時、
あなたが言った言葉は、半分もわかりませんと言われ、
初めて、宮崎弁を意識した覚えがあります。

私が、住んでたところは、東京農大の近くだったんですが、
当時は、まだ近くに畑などがあり、のんびりしたところだったですね。

そうでしたね〜!

のさぁ〜ん! よだきイ〜! が代表する宮﨑弁とアクセント私も意識しましたね・・・。
最初の頃は、意識して東京弁?標準語を使おうとして却って変になって笑われたこともありましたね。(笑)
今でも宮崎弁のアクセントは抜け切れておりませんネ!

弟が西都市残っていますので、今でも弟たちと話すときは自然に宮崎弁になります。
宮崎弁で話していると、いつの間にか、気持ちが和んでいる自分を発見します。
故郷は良いもんですよね・・・。
特に、西都市は良いですよね〜!(笑)
真一郎さん!これからもよろしくお願いしますね!(#^.^#)

No title

私も、一生懸命東京の言葉を覚えてしゃべろうとしてましたが、
「あなた、東北の方ですか?」と言われた時には、笑いましたね。

東京を飛び越えて、東北の言葉に近くなっていたとは。(笑)

声を出して笑いました!

真一郎さん!お早うございます(^_^)/。
真一郎さんの今回の締めくくりには大笑いしてしまいましたよ〜。
真一郎さんはユーモアも持ち合わせていて、楽しい人柄がまた伺えました。
今日は一日、楽しい一日になりそうです・・・。

「笑う門には福来る」ですよね! 有難う!感謝します。
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